青春を体験するという人間の権利

淡江大學客座教授 加藤義夫

  私は日本人の建築家であり現在台湾の大学で環境建築を教えている教師である。数年前私の学生であった台湾人からテーマを「人間の権利」として原稿を依頼された。

  考えてみれば、哲学者でも思想家でもなく、エコ・環境について 40 年携わってはいるが単なる建築デザイナーかつ技術者である私にとって、世界にいかに疎外され独裁者あるいは全体主義社会で家畜以下に扱われている人間が多くいることを前提として、人間の権利を語るのは重い課題である。当然のことを書くにはそれなりの知識・態度が必要だからだ。しかし今、人生を長年やってきた者として自分の理解できるところから書くこともできるということで書こうと思う。

  人間の権利として多くの自由を享受することが正しいが、そうはいかないことが多い。日本でも貧富の差が影響する。他国も大変だろうと思う。しかし人間が自分で考えて正しく積極的に生きていく状況は尊重されるべきだ。特に青春のエネルギーはそれそのものであり大事にされるべきだ。

  私は日本東京の中央で育った。少年の頃どういう職業で生きていくか悩んだ。そういう悩みができる少年は世界でも稀で幸運である、ということはその頃わかっていない。しかし文明国にいる若者は大体同じで、自分だけの世界で音楽に親しみ本をやたら読み漁っていた。将来の進路選択を考える年頃になると、国家官僚となって国の進路に携わり老後は関連企業に天下り金をしこたま貯める正義とも言えない人生、一方で人のために尽くしたいという直接的な美学を果たすには医者となって僻地あるいは無医の地でその地域のために尽くす正義だが貧乏な人生、音楽が好きだから作曲家、一方で化学も好きだったから化学者、と色々考えていた。しかしながら今はいずれでもなく、建築家である。そのきっかけは友人の一言に起因する。「おまえは文章もうまいし、絵も上手だから向いていると思うよ。」だった。そして誰もやらないエコ建築を 40 年前に始め正義だが貧乏な人生であることを続けている。絶望することはなかった。

  今思うと大事なことが抜け落ちていた。だから選んだ職業が最適だったかどうか疑問だが、その過程は意味があった。ターニングポイントで自分に忠実であったからだ。人がいいので妥協はしたが媚びて他人に自分の思うことを変質させられたことはなかった。青春のエネルギーは結果でなく過程にあるのであり、それを今も続けていると思っている。人生最後まで過程にあることが重要に違いない。意思さえあればそれが享受できるのが人間の権利である。

  アメリカの詩人 Samuel Uilman に、 Youth という有名な詩がある。 日本では占領軍司令官マッカーサーが彼の仕事場に飾っていたことによってこの詩は有名である。日本は敗戦したがコンセプトの明確な占領者によって救われ再生した。パナソニックの松下幸之助もソニーの盛田昭夫も彼らの執務室にこの詩を飾っていた。日本の多くの代表する人たちもこの詩が好きだったと聞く。

Youth is not a time of life; it is a state of mind; it is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees; it is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions; it is the freshness of the deep springs of life. 」と始まり、「 Youth means a temperamental predominance of courage over timidity of the appetite, for adventure over the love of ease. This often exists in a man of sixty more than a boy of twenty. Nobody grows old merely by a number of years. We grow old by deserting our ideals. ・・・・・」と続いていく。

  青春に年齢は関係ない、心ある限り青春だ、というのは私にとっては何よりも励みであり、たまたま授かった建築の仕事を考えることは私の権利として考えてきた。

  人間の権利はその人生がどういうように終わるようにせよ、したいことがあればそのために悩み葛藤するのは権利である、他人によって忠告されることはあっても指図されるものではない。媚を売り情熱のない生き方をしている者は人間の権利を放棄していると思われても仕方ない。私は少なくともそう思って今後も生きたいと思っている。( 30/May/2010